第44話    「鶴岡のH釣具屋 U」   平成17年02月05日  

現在鶴岡市内で竹竿を作って販売している店があるが、あの方は竹の見方も知らぬと切り捨てた。また、同市内で庄内竿講習会と称し竿作りを教えている素人の竿師たちが何人かいるが、あの人たちが作る竿は庄内竿ではないとも云う。あの人達が作っている庄内竿は(関東のように)幾本かの竹を合わせ通称後家竿と云われる物で竿全体の調子を合わせて作っている。庄内竿というものは、「素性の良い一本のニガ竹で作られた竿だけが、正真正銘の庄内竿だ」と云う。ただ惜しむらくは、そんな竹を掘り出せる竹薮も少なく、入手が困難で手に入れる難しいのが現実である。また良い竹と云うものは、きちんと手入れされた竹薮でなければ中々見つけることが出来ない。

店内にほんの僅かだか飾られいる10本くらいの竿を一本一本見せて貰った。中古の竿はいかにも使い古され傷が付いている竿が多かったが、それでも竹の素性の良さそうな竿はやはり価格が良い。がしかし、節のケヅリ方が妙に荒いのが気になる。ここのご主人の作なのかは聞きそびれたが、多分小刀でケヅリッパナシのせいであろう。鶴岡の竿師の方は、普通仕上げに丁寧な木賊掛けを行っている筈である。聞くのを忘れたが、ここの御主人の作ではなくてお客さんの作ではなかろうかと考えた。先日亡くなられた酒田の黒石釣具店の親父は小刀だけで節をケヅリ、それが木賊掛けに負けぬくらいきれいな仕上げをしている。

価格の安い普及竿には、それなりに昔の和蝋燭を使って矯めるけれど、これはと云う竿にはより純度の高い木蝋を使ってあるから竿の輝きから竿の持ちすべてが違うなのだと自信たっぷりに云う。現在は竿を作ってはいないが、今でも竿の矯め直しだけはやっているとも云った。竿たてにあるきれいな飴色に変色している竿の中で、自分が一番良いと思った竿は、やはり値段が一番高く25万の値札が付いていた。

一時店を改築するかバイパスに出て店を新築するか迷ったことがあったが、やはり気心の知れた昔からの客を相手に商売をするのが一番と考えて出店を取り止めたのだそうだ。父親から商売を継いで数十年、今は通ってくる一人一人の客の好みが分かるから、竿の購入からすべてに適切なアドバイスも出来るとの事。これが釣具のスーパーやの大型店だったら売れれば良いと云う販売形式であるから、細かいアドバイスや気配りは叶わないであろうと納得が出来る。そんな店は若い人達には好まれても、やはり釣り好きの年配の釣師たちは、昔から通いなれた馴染みの店に行ってしまうに違いないと思った。そんな店は高い安いとは、また一味違う何かがあるからである。

今でも自分が作ったものが、一番と思う職人としての気概がこのご主人には感じられる。作れば売れた時代、作っても中々売れなかった時代を経て生き抜いて来たこの屋の主人は意外とあっさりと竿作りを止めカーボン竿に手を染めてしまつた。庄内竿の良し悪し、カーボン竿の良し悪しを比べスッパリと竿作りを止めた時の気持ちはどうだったのかと考えた時の気持ちの切り替えが、いかばかりであったのかは不明である。がその時のご主人の気持ちが自分にも分かる様な気がした。庄内竿は現在、昔の在庫の残りと店に出入りの客の使わなくなった中古のみを販売している。のっけから庄内竿の価値が分からない人や大した竿でもないのに宣伝に惑わされて高額で買うような人は相手にしていない。でも竿の話や釣の話をすれば、和やかな元竿職人の気概が感じられる面白い親父さんであった。